さいたま新都心において、関東圏のOB会の代表者が集まり、情報交換をしながら共通の問題について話し合うための関東ブロック会議が行われました。東京OB会からは次回の幹事であることもあり、ブロック間の連携の強化とそのためのインターネットやメーリングリストの活用などについて提案がなされました。
2日目の後半には、JOCAが作成している国際理解・開発教育のための教材を実際にワークショップで体験するという企画であり、普段教育現場とはかかわりの無い者にとっても非常に興味深いものでした。
『関東ブロック会議』 / 2005-12-10 (土)
『JICAボランティアフェスタ』 / 2005-10-29 (土)
JOCV発足40周年を記念してJICAボランティアフェスタが東京・代々木公園で開催されました。29日には隣接のNHKホールで天皇・皇后両陛下、小泉総理大臣らをお迎えしての記念式典も行われました。
東京OB会ブースでは、スリランカカレーの販売や活動紹介、末次一郎氏の展示等を行いました。
『グローバルフェスタ2005』 / 2005-10-01 (土)
日比谷公園で「グローバルフェスタ2005」が開かれました。これは前年まで「国際協力フェスティバル」と言われていた催しで、今回から名称が変更されました。
東京OB会ブースでは、切手やネックレスなどの販売を行いました。
『青年海外協力隊報告会』 / 2005-09-11 (日)
世田谷区にある東京農業大学グリーンアカデミーにて、協力隊員として、またOB/OGとしての活動体験を語る会を、(社)協力隊を育てる会、東京農業大学と合同で開催しました。(財)せたがや文化財団、世田谷ボランティア協会、JICA東京の後援を得ました。
参加者総数は29名で、本会会員はもちろん、パラオスタディーツアー参加者をはじめ、クロスロード定期購読者、育てる会会員、現役隊員の家族など、いろいろな方々に聴いていただきました。
この報告会は、協力隊経験の社会還元の一環として、開発教育支援のひとつとして、(社)協力隊を育てる会と連携して進めている活動の第1弾です。
ガーナ高校生来日 / 2005-08-01 (月)
2005年8月にガーナの高校生23人が、東京都国際教育研究協議会と浅井前ガーナ大使などの招待で、来日しました。高校や中学校を訪問したり、一緒に原宿や秋葉原で買い物したり、ロッテやトヨタの工場を見学したり、都立高校生とよさこい祭に参加したり、交流を深めました。
ガーナの高校生にとっては、初めての日本でした。アフリカの人々とは初めて交流する生徒が多く、お互いにいい刺戟になったようです。
【参加学生の感想】
『もどかしさをバネに変えて』
私は、今夏外国からやってきた中高生とお話しする機会を得ました。彼らの母国はガーナ。日本語も勉強しているけれど、基本的な会話は英語だということで、その前日は少なからず不安と緊張を覚え、なかなか寝付けませんでした。
当日、彼らは笑顔で話しかけてくれました。たどたどしい英語で返事をする私へ耳を澄ませ、解りやすい説明を交えながら、「会話」を成立させてくれたのです。そこには初めて会う私への心遣いがあったように思え、嬉しくも、気を遣わせてしまったことへの悔しさを感じました。私がよく話しかけたボアテン・アメヤウくんは、高校を卒業し、ビジネスの勉強をするため、大学への進学を希望しているそうです。祖国にある城や港の写真を見せ、その歴史や場所などについての話をしてくれました。また、お祭りの写真を見せながら、アフリカ諸国の民族衣装によく見られるような鮮やかな色の衣装や、変わった髪型などついての話をしてくれました。そして私は、折り紙で百合の花の作り方を教えてあげたのです。本当にささやかなお返しだったのに、彼はとても喜んで持ち帰ってくれました。折り紙は小学校で習ったと言っていたので、きっと懐かしさもあったのでしょうが、そこにはやはり、彼の優しさがあったのだと私は思います。そんな楽しい一日の中で、ひとつ困ったことは、会話に多大なる労力を要したことです。身振り手振りを生かしてなんとか成立させられたこともありましたが、話したいこと、聞きたいことが沢山あるのに、それを相手にうまく伝えられないもどかしさが、私から離れませんでした。
彼らは私と同年代なのに、日本で見たもの、感じたものを国の将来と結び付けて考えていました。日本の高校生と、なんと意識の違うことでしょうか。日本で、自分の国を発展させよう、良くしようと考えている高校生が、どのくらいいることでしょうか。ガーナの高校生たちは、日本に対して金銭的な援助ではなく、技術的な援助を求めていると言っていました。目先の問題だけの解決ではなく、国を発展させるための根本的な解決を望んでいるのです。日本がガーナに対して一方的な援助をする側に立っていると考えられるかもしれませんが、日本の高校生が、心や精神の面で、彼らから学べるものは多いと思います。それなのに、彼らの考えをそのまま理解することが出来ない……。言語の違いというものは、重い枷のようについてまわり、自分の努力なしには取り去ることのできないものだと思えました。確かに、身振り手振りで伝わる部分もありますが、感情や考え方という目に見えないものを身振り手振りで表すのは、本当に骨が折れます。国際語となりつつある英語を学ぶことは、国際協力への手段を増やすことになると考えます。国籍、年令、立場に関係なく、色々な人の話を聞いて自分の考えを持つようになること、それが国際理解への第一歩ではないでしょうか。
もどかしい、悔しい――そんな思いが気付かせてくれたのは、国際協力にはまず、自分の思いを伝えたい、相手の考えを知りたいと願うこと、そのためには相手の知る言語を勉強し、コミュニケーションの手段を増やすことが必要だということでした。私は、あの日感じ得た楽しさともどかしさをバネにして、彼らのような外国の人々と話をし、意見を交換できる機会を心から待ち望むためにも、日々の勉強に打ち込んでいきたいと思います。それは将来、誰もがいろいろな国の人と隔たりなく接しあえるために、私が人と人との意思疎通を手助けできる人になれるよう、努力していきたいと思うからです。
『富ヶ谷フェスティバル2005』 / 2005-07-10 (日)
渋谷区富ヶ谷1丁目商店街で行われたは、「2005富ヶ谷フェスティバル」において、東京OB会から、交流イベント支援ならびにOB会運営費調達のためワタガシ屋出店を行いました。
平成17年度総会 / 2005-05-21 (土)
JICA広尾において平成17年度の定例総会が開催されました。
今回の総会は直前に行ったパラオスタディツアー報告会の効果もあり、出席者数は昨年より増えました。またいつも参加していただいている方とは違った方々にも参加していただき、賑やかな会となりました。
今後もより多くの会員の方に参加していただけるよう、他のイベントとの複合など魅力的なな総会を考えて行かなくてはと思います。
潮干狩り / 2005-05-08 (日)
ふなばし三番瀬海浜公園にて、東京OB会の交流を目的に潮干狩りを行いました。
当日は思わぬ大渋滞に巻き込まれ、開始時間が遅れるハプニングもありましたが、持ち寄りの食材と自然に囲まれ、楽しい交流会となりました。
『ボランティア家族連絡会』 / 2005-02-26 (土)
渋谷区幡ヶ谷のJICA東京(東京国際センター)で、JICA東京主催による平成16年度東京都ボランティア家族連絡会が行われました。青年海外協力隊、シニア海外ボランティア、日系青年社会ボランティア、日系社会シニア、調整員を対象に行われた本連絡会に、昨年よりも多い、46カ国に派遣された131名のご家族が出席されました。当日は、東京OB会からも7名が運営に協力しました。
ご家族の皆様に、より理解を深めていただくため、3600人を超える現在派遣数のうち東京都出身417名が任国で活躍していることや帰国隊員が2840人に上るなど、JICAボランティア事業の実績と現状について説明がありました。その中で、協力隊事業は2005年で40年目を迎える節目にボランティア事業の見直しとして、短期派遣ボランティアの募集や協力隊とシニア海外ボランティアの一本化の方向など、JICAの新しい動きについて報告がありました。
▲全体会の様子
派遣前訓練中・派遣中での徹底した健康管理や、現地での安全対策として隊員-駐在事務所-JICA本部間の連絡体制の整備などボランティア安全管理についても説明がありました。その他、青年海外協力隊平成14年度1次隊ボリヴィア派遣の西山OG、シニア海外ボランティア平成13年度インドネシア派遣の森OBより活動報告がありました。
第二部の地域別懇談会では、各ボランティアOB・OG、JICA職員も加わり50名近い協力スタッフにより、アジア・オセアニア・中近東・アフリカ・中南米・東欧の各地域別の11グループに分かれ、任国の事情や隊員の活動ぶりについてご家族の方々へブリーフィングが行われました。
▲分科会の様子
事前にご家族から寄せられたご質問には、主に現地の郵便・通信事情、災害発生時の留守家族への連絡体制、隊員の身体と心のケア、「視察の旅」情報、帰国後の就職状況などがあげられていました。具体的にご家族の方々が心配していたこととして、強盗に遭遇した時の危機管理、スマトラ沖地震津波におけるタンザニアでの被害状況やプロジェクトの一環で派遣される理数科教師の派遣年数の短さ、帰国後の進路や社会還元の方法などがあがりましたが、OB/OGによる親身な回答により、それぞれの不安な面影はだいぶ解消されたご様子でした。一方、週1回の頻度でEメールのやり取りをしていたり、すでに隊員の任地を訪れている親御さんもいらして、任国で現地の人びととともに逞しく生きる様子やその成長ぶりに歓喜が湧き上がる場面もあり、ご家族の方々・OB/OG双方にとって有意義な2時間であったと思います。
来年も同時期に「ボランティア家族連絡会」が予定されると思いますが、帰国したばかりの隊員の皆さんをはじめとする私たちOB/OGに、JICA東京より協力依頼があるかもしれません。皆さんの親御さんが抱えていたように、日本で現隊員を応援するご家族の方々の不安や心配を少しでも取り除いてあげるためにも、ぜひ賛同していただき、現場の声や途上国で培った経験を伝えていきましょう。
『パラオスタディツアー2005』vol.3 / 2005-01-03 (月)
【現在までの成果とこれからの課題】
準備期間も入れると6年間という期間に、4回のスタディツアーを行った。参加者たちが、このツアーをきっかけにパラオに強い親しみと興味を持ち、パラオや戦前の日本について、また南の国々に関心を持ってくれた。また、パラオとのコネクションができたことは、東京OB会の今後の活動への大きな財産となる。
当初から若い世代こそ海外を体験してほしいという意図だったので、中学・高校生を参加対象の中心として企画を立てた。この企画は、海外協力の現場を訪ねる旅でもないし、パラオに遊びに行く旅はでもない。途上国やボランティアの現場を見に行くことだけが目的ではないものを目指したため、事前勉強に重点を置き、現状のみならず歴史的背景を含めて深く学習をした上でパラオに赴き、現地ではホームステイを中心とした日程を組んだ。ホームステイ先では日本語を話すお年寄りを含めた、あらゆる世代のパラオ人と密度の濃い交流を深めることを期待した。実際に参加者アンケートなどを見てみても、パラオに対する理解と知識は、語学の能力を補って余りあるものが有ったようで、同年代との会話はもちろん、通常であれば話をしないような世代間での会話にも適応できたと思われる。
今後の方向性としては、戦前にパラオを含めた南洋群島と呼ばれていた地域の日本時代の様子をお年寄りから聞き取り調査し、両国の歴史に役立てられる資料を作成することも良いのではないか。そうなるとスタディツアーという抽象的で、内容や成果が分かりにくい名称も変える必要がでてくるだろう。参加者の対象も幅が広がる。次は、今までとは形を変えたスタディツアーになるかもしれないが、実行委員の養成と、帰国してからも充実感を味わえ、継続して活動できる計画を立てていきたい。


