■日時・場所
10月19日(日)15:10~16:45 JICA地球ひろば301号室
■参加者(第二部交流会のみ)
留守家族 14名(中国、ウズベキスタン、セネガル、ガーナ、ルワンダ、PNG、タイ、ウガンダ、エジプト、チリ)
OB(敬称略) 5名(ベテラン:郡、福田純也、小田、新人:中沢美保子(17-1・タンザニア・村落開発普及員。現在、八王子市役所で国際協力推進員)、長田有加里(15-1・セネガル・環境教育、2008年に短期でセネガル、マラウイ。現在、協力隊事務局で国内協力員))
育てる会 職員4名、青木盛久副会長
■概要
留守家族は、主に東京、神奈川、千葉在住の19-4、20-1、20-2隊の親御さん。お一人、遠いところ長野から来た方がいました。最近娘さんが、メールで配属先での辛い状況を伝えてきて心配だったので参加したとのことでしたが、OBや他の家族と話して安心していました。他の家族も同様に参加してよかったとおっしゃっていました。交流会の予定時間90分のうち、全員の自己紹介に60分かかり、肝心な懇談はあわただしく切り上げなければなりませんでした。最初に自己紹介代わりになる簡単な資料を配るなどして、自己紹介の時間を短くしたほうがよいかと思いました。
『協力隊を知ろう!~留守家族交流会~』 / 2008-10-19 (日)
『第2回協力隊まつり』 / 2008-04-20 (日)
『第2回協力隊まつり』が4月19~20日の両日、JICA地球ひろば(旧青年海外協力隊事務局)で開催されました。開催日は、日本青年海外協力隊の創設、昭和40年4月20日を祝し設定。そして、場所は協力隊の発祥地、広尾にこだわり。
今年は、様々なOB会34団体が参加しました。募集説明会と重なり協力隊やシニアボランティアへ関心を持たれる方など、幅の広い年齢層が見学に来られました。
『グローバルフェスタJAPAN2007』 / 2007-10-07 (日)
「グローバルフェスタJAPAN2007」に出展しました。
日時:10月6日(土)~10月7日(日) 午前10:00~午後17:00
場所:日比谷公園
東京OB会では、展示コーナーに「パラオスタデイツアー」と「野の花の家」パネル展、ケニアの隊員有志による奨学金制度「KESTES(ケステス)」の展示を行いました。また飲食コーナーでは、揚げいももち、チャイの販売を行いました。
会場の日比谷公園は快晴で、たくさんの人でにぎわいました。展示・飲食コーナーともに盛況で、OB会の紹介・広報ができたと思います。
『開発教育全国集会』沖縄大会 / 2006-10-28 (土)
沖縄で行われたこの大会は14回目になります。平成4年に東京で第1回大会が開催され、5回、6回も東京で開催されました。第1回目大会には教師になったOB隊員が多く参加しており、学校教育中心の討議。第6回目になるとNGOが積極的に加わった大会へと変化の兆しが見えました。
ゆったりとした雰囲気で、沖縄好きが多く参加していたようです。また、協力隊OBと日系社会ボランティアOBが仲良く同じ組織として活動していた事も印象的でした。
『JICAボランティアフェスタ』 / 2005-10-29 (土)
JOCV発足40周年を記念してJICAボランティアフェスタが東京・代々木公園で開催されました。29日には隣接のNHKホールで天皇・皇后両陛下、小泉総理大臣らをお迎えしての記念式典も行われました。
東京OB会ブースでは、スリランカカレーの販売や活動紹介、末次一郎氏の展示等を行いました。
『グローバルフェスタ2005』 / 2005-10-01 (土)
日比谷公園で「グローバルフェスタ2005」が開かれました。これは前年まで「国際協力フェスティバル」と言われていた催しで、今回から名称が変更されました。
東京OB会ブースでは、切手やネックレスなどの販売を行いました。
『パラオスタディツアー2005』vol.3 / 2005-01-03 (月)
【現在までの成果とこれからの課題】
準備期間も入れると6年間という期間に、4回のスタディツアーを行った。参加者たちが、このツアーをきっかけにパラオに強い親しみと興味を持ち、パラオや戦前の日本について、また南の国々に関心を持ってくれた。また、パラオとのコネクションができたことは、東京OB会の今後の活動への大きな財産となる。
当初から若い世代こそ海外を体験してほしいという意図だったので、中学・高校生を参加対象の中心として企画を立てた。この企画は、海外協力の現場を訪ねる旅でもないし、パラオに遊びに行く旅はでもない。途上国やボランティアの現場を見に行くことだけが目的ではないものを目指したため、事前勉強に重点を置き、現状のみならず歴史的背景を含めて深く学習をした上でパラオに赴き、現地ではホームステイを中心とした日程を組んだ。ホームステイ先では日本語を話すお年寄りを含めた、あらゆる世代のパラオ人と密度の濃い交流を深めることを期待した。実際に参加者アンケートなどを見てみても、パラオに対する理解と知識は、語学の能力を補って余りあるものが有ったようで、同年代との会話はもちろん、通常であれば話をしないような世代間での会話にも適応できたと思われる。
今後の方向性としては、戦前にパラオを含めた南洋群島と呼ばれていた地域の日本時代の様子をお年寄りから聞き取り調査し、両国の歴史に役立てられる資料を作成することも良いのではないか。そうなるとスタディツアーという抽象的で、内容や成果が分かりにくい名称も変える必要がでてくるだろう。参加者の対象も幅が広がる。次は、今までとは形を変えたスタディツアーになるかもしれないが、実行委員の養成と、帰国してからも充実感を味わえ、継続して活動できる計画を立てていきたい。
『パラオスタディツアー2005』vol.2 / 2005-01-03 (月)
【現地での取り組み】
成田空港第2ターミナルには、9時までに参加者全員が揃った。グアムを経由し、午後8時40分にパラオ国際空港に到着した。入国審査は思いのほか早く済んだ。すぐにマリーナホテルへ向い、チェックインのあと、おのおの各部屋へ散っていった。
天気は良好でホテルの窓からは海がみえる。ペリリュー島へ出発!!舳先で風をめいっぱいあびながら、エメラルドグリーンに輝く海原をかき分けて進む船の上で、なんとマンタ発見!
ペリリュー島では、ハンス・タンジーさんに案内してもらう。「日本軍倉庫」であった建物は、外壁には砲弾の跡が生々しく残っているが、内部は戦争の遺品が展示されている。飯盒や銃剣、電話、防毒マスク、千人針、軍旗など数々の展示品から戦争の有り様が見て取れる。
Bloody Nose Ridgeからはペリリュー島が一望できる。有名な「死の谷」にも数々の洞窟が並び、日本兵はこれらに潜み、谷を歩く米軍を攻撃した。今はジャングルに覆われ、さまざまな鳥の声や姿の見えぬ猿の声が響き渡る豊かな自然を育んでいるが、戦争当時は丸裸だった。
「日本軍海軍総司令部跡」が、屋根から床まで大きな穴が貫通しているさまは、大砲の威力を思い知らされゾッとする。夕飯は一般的なパラオ料理だったが、ココナッツをぬったヤシガニや赤身の刺身など豪勢だった。
ペリリュー小学校の朝礼に参加。1時間目は先生方の打ち合わせがあるので、最上級である8年生の子が各クラスに散らばって、下級生の自習を監督していた。自習の時間には、ぬり絵や読書、書き取りなどを行うようだ。中には、授業をしてあげている上級生もいた。
Rose Garden(珊瑚がバラの花のような所)でシュノーケリング。ガルメアス島で、昼食。ミルキーウェイは、海底が白くてとてもきれい。海底に沈むゼロ戦は、当時の姿そのままで、歴史の重みを感じた。Epison Museumでは、パラオの歴史や伝統などについて詳しく説明してくれた。
パラオ高校の生徒はみんな気さくで、話しかけたら恥ずかしそうに答えてくれた。パラオでは会話の中でも日本語が混ざっていて、日本語が通じる場合もある。パラオコミュニティーカレッジ(PCC)は、短期大学と職業訓練所をかねた施設で、日本統治時代は病院だった。日本語教室では、習字をやっていた。
ベラウ国立病院へ。パラオ人は生まれると番号がつけられ、病院でデータが管理できるようになっている。アメリカの食生活の影響で、糖尿病や高血圧が増加している。その後、シニアシチズンセンターに寄り、サンゴ礁センターへ行った。
ホストファミリーとの会食では、はじめは自分が何処へ行くかがわからず、どきどきしている。ファミリーごとに着席して茶道の御点前を観る。これぞJapaneseCultureと、いい緊張感がある出し物であった。家族ごとに写真を撮ってステイ先に向かう。
ホストファミリーとの別れを惜しみつつ、楽しかったパラオの思い出とともに、グアムへ向けて出発した。9:55成田着。日本へ到着した安心感と睡眠不足のせいかもしれないが体に疲労感をおぼえる。入国審査を終え、おのおの家路へ急いだ。
『パラオスタディツアー2005』vol.1 / 2005-01-03 (月)
【事前研修の記録】
1.オリエンテーション
事前研修(勉強会)の初回として、パラオについて、青年海外協力隊について、パラオスタディツアーの趣旨や目的について、これから一緒にパラオへ旅行する仲間について、よりよく知ってもらうために、オリエンテーションを行った。参加者が予想したほどは集まらず、2004年9月26日(日)のほか、追加応募者を対象として10月31日(日)にも行った。会場は、いずれもJICA広尾(広尾青年海外協力隊訓練所)である。
2.国際協力フェスティバル
パラオスタディーツアーに取り組み始めた1999年以降、国際協力フェスティバルでは、スタディツアーに関する展示や活動報告、募集説明などを行っている。過去の参加者にとっては、久しぶりに仲間に会える同窓会のようにもなっている。今年度は、大学生や高校生が中心となり、若い感性で企画を立て、どのような展示をするか自分たちで工夫し準備して、より充実した内容となった。パラオの音楽を流し、パラオで買ったパレオを机にきれいに広げ、自作の垂れ幕やポスターを飾り付けた。商品の産地や謂われをうまく売り文句に織り込んで売り捌き、状況に応じて手書きで南洋調にポスターなどを作り、彩りを添えた。
パラオ大使館からは以前より、パラオに関する展示物の貸し出しや広報リーフレット等の提供を受けているが、今回はパラオ政府観光局日本事務所から、美しい海のポスター8枚と、パラオ共和国公式旅行ガイド400冊を提供していただいた。
3.合宿研修
パラオという外国で寝食を共にする仲間を、日本にいるときに少しでも知っておこうというねらいで、合宿研修(勉強会)は第1回ツアーの時から行っており、効果の大きいことは実証されている。未成年を引率する立場からも、1泊2日を共に過ごすことで参加者の生活習慣やクセなどが分かり、現地での行動を把握したり予測するのに役立っている。JICAのご配慮を得て、11月13日(土)と14日(日)に、JICA東京(東京国際センター)にて行った。
4.事前研究発表会・結団式
12月19日(日)はJICA広尾にて、事前研究の発表会と結団式を行った。事前研究発表では、各自がしっかりした発表原稿を作り、パワーポイントを駆使した発表もあった。結団式では、協力隊を育てる会事務局次長、青年海外協力協会総務課長などから激励と支援のお言葉をいただいた。参加者代表挨拶ではパラオへ行く決意を述べ、実行委員長から檄が飛ばされた。その後は、内々で和やかな懇親会を開き、パラオスタディーツアー2005の成功を誓いあった。
『国際協力フェスティバル2004』 / 2004-10-02 (土)
日比谷公園で国際協力フェスティバル2004が開催されました。土曜日は秋晴れのすがすがしい一日だったのですが、日曜日はあいにくの雨でした。
このフェスティバルを開催する目的は、楽しくわかりやすい行事を通じて国際協力をより身近なものに感じてもらい、ODA(政府開発援助)を含む国際協力の必要性や国際協力にあたっての政府とNGO(非政府組織)の協力について理解と認識を深めてもらうことです。
今回も前年同様、東京OB会からテントを2つ出展しました。1つがスリランカカレー、チャイを販売する飲食テント、もう一つがパラオスタディツアーの案内をはじめ、世界の民芸品を販売する展示テントです。今回も東京OB会の運営委員だけでなく高校生をはじめとして、大学生、協力隊OB、OGなど、約30名の方々に協力して頂きました。その甲斐もあって、特段大きな問題もなく、盛況のうちに無事終えることができました。
事前に、運営委員の1人であるOG宅でスリランカカレーの調理打ち合わせ+試食会を行い10名の方々に集まっていただきました。参加した人たちの中には、今回はじめてスリランカカレーを作る人もいて興味深そうに鶴見OGが作るカレーを見つめていました。調理後ナンと一緒にチキンカレーと豆のカレーを頂きました。参加した大学生は、「辛いけどおいしい。」と満足そうな笑みを浮かべていました。この時初対面の人もいたので、チームワークを結束させる上で大変良い機会になったと思います。
終了後の打ち上げには、学生をはじめ、協力隊OB/OGなど22名の参加があり大変盛り上がりました。このことからしても、今回の活動が成功したものであったと思っています。しかしながら、多くの反省点があります。特に、雨に対する対策が全くなされていなかったことは、私を含め、JICAのフェスティバル実行委員会が謙虚に受け止め、次回以降改善していかなければならない点だと思います。次回も多くの人との出会いと終了後の達成感を楽しみにして協力フェスティバルに参加しようと思っています。


